保土ヶ谷・相州道




大畠洋一氏が、その著「保土ヶ谷桜ヶ丘の歴史」のなかで、『桜ヶ丘の尾根筋には、相州道と呼ばれる一本の道が通っており、二俣川を経て厚木の方へ通じていた』として紹介している。

 その本で指摘されている道や塚などに実際にあたるとともに、それ以外にも残されている寺社 を散策することにした。

その道は、桜ヶ丘から花見台を経由して、横浜新道をまたぐ富士見橋を通り、新桜ヶ丘を通 っていたという。そこで、新桜ヶ丘のハンズゴルフ練習場の交差点からスタートした。



花見台方向から新桜ヶ丘へ



新桜ヶ丘の環状2号線から市沢町方面

環状2号線をわたって、そのままバス通りを行き、市沢団地に向かう信号を過ぎて直ぐの左手に、長見寺の看板がある



長見寺

 



 旭区の案内に、除夜の鐘が突けるお寺として紹介されている。

 筆塚と、享保九年(1724)のものとおもわれる菩薩像が2基 建っているのが目に付いた。





左側:筆塚

長見寺の北、100mほどのところー市沢小学校の南側に、熊野神社がある



熊野神社



長見寺の北、100mほどのところー市沢小学校の南側に、熊野神社がある
案内板

 

 創立年代はあきらかでないが住吉より市沢を中心とする村の鎮守とし て氏子の篤い崇敬を集めてきた神社である。

 明治40年村内の神明社を合祀した旧社殿は文政10年造営と伝えられて きたが、老朽著しく依って平成3年・・(中略)新社殿造営なる。

熊野神社の裏から市沢小学校にすぐでるが、庚申塚は、市沢小学校の裏門のところに、道をはさんだ反対側に小さな屋根でおおわれて建っている。




市沢小学校裏の庚申塚



冒頭で紹介した大畠洋一氏が、その著、「保土ヶ谷桜ヶ丘の歴史」の中で、「ここには、『右 かまくらみち、左 ぐみょうじみち』と書かれており、これは、本来、もう少し保土ヶ谷寄りの現在の市沢団地へ入る道との分かれ道にあったものを、移設したという説明がついている。」と述べている。




庚申塚

 

 宝暦9年(1759)という文字は読めるが、あとの字は不明で ある。

市沢小学校から、西原住宅方向にもどり、信号のある三叉路の東側交番の右隣に盛土と金網でカバーされたところに、新しい二十六夜塔の記念碑とともに4つの古い石碑が建っている。


市沢交番横の石碑



記念碑の説明によると、これらは道路改修工事により整理されて結果、このように残されたという。

このうちの庚申塔の左面に『右 保土がや 左 かな川 道』と書かれている。 

 

庚申搭


道祖神          二十六夜搭        馬頭観音
    

二十六夜塔記念碑







「二十六夜塔記念碑」の案内文:

その昔 都筑郡二俣川村一之沢の農民が二十六夜五穀豊穣を祈願した。

以前は現在の四倍ぐらいの広さがあり中央や後方が大きな塚で、其の頂上に二十六夜塔と刻まれた石碑が建立され其の周囲が平らな広場になって居た。昭和31年県の住宅用地として附近一帯が買収され造成工事に依りこの塚も境界が定かでなかった為、半分位の面積になった。右記に伴い斜向い左右に祀られていた庚申塚、馬頭観世音、道祖神も併せて合祀した。昭和61年道路改修工事に伴い近代的に整備し、記念碑を建立し経過を誌す。

世話人 内田吉五郎 ・・他

市沢派出所から三反田町方向に進む途中の左側の樹木が茂っている小高い丘に、小高神明宮がある。



小高神明宮





小高神明宮後由緒より:

小高新田の開祖小高市右衛門は、貞亨4年(1687)徳川幕府 旗本勘定約を辞任し、保土ヶ谷宿在に帰農して各地の山林・荒地を開墾し農地化してその土地に己が苗字をつけて小高新田と名付けた。市右衛門は、各地の小高新田の総鎮守として、己が構えの内に元禄年間に社殿を創建し、御祭神を勧請した。

嘉永3年(1850)に社殿を大改修築し、明治6年に村社の社格を与えられた。

平成10年新社殿を再建した。

小高神明宮から来た方向へ行き、市沢交番から来る道との交差点に来ると、北方向に小高い丘が見える。




稲荷神社



交差点を西に向かい鳥居をのぼると、境内は広いが 質素なつくりの稲荷神社がある。





右側に石碑が2基たっている

左側の石碑は、天保4年(1111)、地神供養塔とあり、右側は、正面に「・・・庚申塚」とあり、右側に『右 保土ヶ谷道』 左側に『左 神奈川道』と書かれている。

稲荷神社前の通り




 昔の道の名残がのこっている現在の道路。

稲荷神社から西に向かった地点

今の地図に西岸寺とあるので、探したが何回か近くを行き来してようやく案内を見つけた。


道路の左手にある西岸寺の案内
  



西岸寺





そこを入っていくと小さな家(堂?)があり其の奥が墓地となっている。・・・時代を感じさせるお寺とその雰囲気である。

供養塔





其の先の右側に比較的新しい供養塔がたっている。



新幹線





新幹線を越える

神明社





 陸橋を越え、坂を下ると左側に本宿小学校がありその裏手の位置に神明社がある

浄性院


神明社から、相州道から外れて南にむけて歩き、今井街道に出たところの南側の小高い丘に浄性院がある。坂道の参道で、緑がふかく、門を入ると地蔵像がたち、手入れの行き届いた庭に続く。

境内のある梵鐘は、天明8年(1788)の鋳造で旭区では最古といわれる。





  

二俣川 

 相鉄の駅名で知っているだけで、実物の川を見たのは初めてである。

川の流れもそれなりにあり、水がきれい。