中の道 5.二子玉川-中目黒 地図 @二子玉川-都立大学 A都立大-中目黒
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| 二子玉川から、「中の道」の本道と思われる道を中目黒まで行く。 (もうひとつの別ルーの中の道は、その後大山街道となっているところで、今回通る道よりももっと北寄りとなる) 途中の都立大学付近では、旧街道は消えており、辿れない部分がある。 |
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丸子川 |
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| 今の二子玉川駅の南側は、大規模開発中であり、歩道の場所が工事進行具合で変わるようである。 まず、玉川税務署の脇を通り、五島美術館のある東の丘陵を目指して進むと、丸子川につき当たる。 川沿いに上野毛通りまですすみ、そこで左折する。稲荷坂である。 |
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稲荷神社 |
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| 稲荷坂を100mほど上ると、稲荷神社である。 うっそうとした木立の中で、古い由緒ある神社のようである。 東側は、上野毛自然公園が広がっている。 |
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天祖神社 |
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| 環状八号線を横切って上野毛通りを東へ進む。 三又を右に進んだ先に、鳥居の奥に長い参道がつづく天祖神社がある。 |
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上野毛通り |
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| 上野毛通りは東に延びて目黒通りに合流するまでほぼ一直線に進む。 途中で、南北に通る駒沢学園通りと交差するが、これは世田谷のボロ市通りから来て多摩川を野毛の渡りで越える室町時代の鎌倉街道であるという。 |
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等々力六丁目の信号で目黒通りに合流し、自由が丘の北側を通過する。 この先旧街道は、消えている。自由通りと交差するあたりから、旧街道はそのまま東へ進み、都立大学駅の南付近で呑川を渡ってから北に進んで行ったという。そして柿の木坂一丁目の五叉路から、旧街道は残っており、目黒区と世田谷区の境を進んでいる。 今回は寄り道となるが、北側に位置する八雲氷川神社にいき、東の北野神社まで行って、都立大学駅前に戻った。 |
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八雲氷川神社 |
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昔から「癪封じの神さま」として知られ、また八岐の大蛇対退治にちなんだ「剣の舞」が9月の祭礼の時に奉納されるという。 、 |
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金蔵院 |
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| 神社の西に金蔵院がある。 慶長の頃(1600年ごろ)頼栄上人により開かれた。不動明王像は区指定文化財。 明治4年この寺に、区で初めての学校が開かれた。(のちの八雲小学校) |
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東光寺 |
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| 東に東光寺がある。説明板によれば、「奥州地方の探題であった吉良家は、上州から世田谷郷-今の豪徳寺付近に移って城を構え、碑文谷、衾を領地に加えていた。 当時の城主が貞治4年(1365)に子の菩提を弔うために東光寺を建て、その後吉良家の厚い庇護のもとで衾村開発の拠点になった」という。 |
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常円寺 |
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柿の木坂と北野神社 |
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創立年代は定かではないが、安永6年(1777)に常円寺住職が再興しているとの記録があるという。 |
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都立大学駅前の交差点から、呑川の支流が暗渠となって緑道となっている散歩道をすすみ、柿の木坂交差点に出る。環七を横切って真北にすすむ道を行く。ここから旧街道の続きであり、ようやく旧街道らしい道幅となってくる。 丘陵の上を進んいくが、下りとなった先に、ロータリーがあり、真中に大きな木が茂る。 |
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芦毛塚 |
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奥州平定の帰りにこの地を通り、この辺りは乗馬のまま通ると危険だから馬を引いて通るように命じたので、この辺りを馬引沢と呼ぶようになったという。上馬引沢と下馬引沢がそれぞれ上馬・下馬となり、駒沢という地名もそれから生まれたという。 |
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蛇崩川緑道 |
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芦毛塚の先をすぐ左にまがると、蛇崩川があり、左側(南)に進む道が暗渠の緑道になっている。 |
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| 駒繋神社 | |||
蛇崩橋 |
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| 蛇崩川緑道を芦毛塚まで戻り、突当りを左に行き蛇崩川を渡って、台地に上る。 その先のT字路(蛇崩の信号)を右に進む。 左側に寿福寺がある。 |
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寿福寺 |
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| 寿福寺は。解説によると、「元和元年(1615)の創建と伝えられるが、境内の鎌倉時代の板碑などから草創はさらにさかのぼるという。享保の頃(1716〜1735)上野護国院の末寺として大いにさかえたという。 | |||
宿山の庚申塔 |
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| 寿福寺を過ぎたところで、旧街道は東へ分かれる。 その角に、庚申塔が3基と石仏が立っている。 宿山の庚申塔といわれ、もと小川坂上の五叉路付近(ここから下り坂約300m先)にあったという。 |
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| 宝永5年(1708) 延宝3年(1675) 屋根付き庚申塔 青面金剛 地蔵庚申塔(区内唯一) 3面に一匹ずつの猿 |
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小川坂 |
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| 道なりに坂を下って行くと小川坂になる。 下りきると山手通りとなる。 右側すぐが、東横線中目黒駅となる。 |
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右側すぐが、東横線中目黒駅となる。 |
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| 散策日 | 2008年10月11日 |
| 参考資料 | 「旧鎌倉街道探索の旅 中道編」 芳賀善次郎 |